2025年10月21日 公開

難病の治療法や新薬がときどき話題になる一方、実際に患者になるまで、「それはどの程度効果的なのか」や「どのくらい治るのか」が見えにくいのが医療の世界。これから10年、今のミドル世代が老境に差し掛かるまでに、医療の世界はどれほど進歩するのだろう。医療未来学者の奥真也氏に聞いてみた。
※本稿は、『THE21』2024年11月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

2024年、医療はコロナ禍をも乗り越え、ついに「完成」しつつあります。2035年頃までには、多くの病気が「治る病気」になるでしょう。人が病気ではまず死なない時代が、目前に迫っているのです。
例えば、長年人類最大の難敵だった「がん」も、近年どんどん「治る病気」に近づいています。がんが不治の病とされていた原因は、その多様性です。がんは多くの場合遺伝子異常によって起きる病気ですから、どんな遺伝子異常が引き金になっているかによって病気の様相や進行の経過が大きく違い、そのことが治療法の確立に不可欠な「類型化」を妨げてきました。
しかし、00年代に入り、個々人の遺伝子配列を解析する技術が飛躍的に高まったことで状況が一変。患者ごとの遺伝子異常の種類に合わせて投与することで、がん細胞だけを的確に攻撃できる「分子標的薬」という画期的な治療薬が生まれたのです。
2018年には、進行したがん細胞が持つ「免疫機能抑制」という、これまた厄介な性質を抑え込む「免疫チェックポイント阻害剤」という新薬が生まれ、がん治療は飛躍的に前進しました。
現在は、この2大ツールをどう組み合わせれば効果が出やすいかが盛んに研究されている段階です。また、分子標的薬は原因となる遺伝子異常ごとに異なるものが必要ですから、その研究&開発の裾野をどこまで広げられるかも焦点と言えます。
その点では、研究が進みやすいのはやはり「患者数が多いがん」です。身も蓋もない話ですが、結局医薬品開発は、儲かるところから進みます。がんの中で言えば、患者数が多く、かつ分子標的薬が効きやすいとされる胃がんや乳がん、白血病、大腸がんといったものは、2035年には「ほぼ治る病気」になっているでしょう。
ただ、そうでない病気がどうしても後回しになるのは否めません。日本は「患者の少ない希少な病気」の治療法の開発にも国の支援ができる仕組みを持っており、患者が多い側と少ない側との2方向から治療法確立のマトリックスが埋められてはいますが、それでも全体を均等に進められるわけではないのです。

読者の方々の中には、ときどき話題になる「認知症治療薬」の先行きが気になる方も多いと思います。ただ、こちらはがん治療に比べてまだ前途多難です。
確かに、長年認知症の原因物質と考えられてきた「アミロイドβ」を脳から取り除く新薬「レカネマブ」が、2023年末に保険適用対象になったように、研究は着実に進んでいます。しかし、肝心の薬の効果がまだ期待されていたよりも弱いのです。
もしかすると、アミロイドβは認知症の原因ではなく、別にある認知症の真因が副次的に生み出している「結果」に過ぎないのではないか──というものなど、アミロイドβ原因説も根強い一方、他にも様々な学説が出てきています。具体的には、アミロイドβを生み出す「タウたんぱく」という物質が原因だという説や、さらに遡って「タウたんぱく」を生み出す別の何かが原因だという説などです。
2035年には、こうした議論にはある程度決着がついているでしょう。しかし、その決着のつき方が問題です。原因物質を特定できればいいのですが、「そもそもアミロイドβをたどったのがマズかった」「認知症に、薬でのアプローチは難しい」となる可能性も否定できません。
残念ですが、認知症については当面、薬の開発には期待しすぎずに、日々の予防に努めたほうが得策でしょう。

最近承認間近となっているのが、難病として知られる「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」に用いられる薬です。ビタミンBの一種を高濃度にした「メコバラミン」という薬を筋肉に投与することで、進行を大きく遅らせられることがわかってきました。
ここで興味深いのは、このメコバラミンという薬です。これは元々「メチコバール」という名前で高齢者の末梢神経障害などに処方されていた、臨床医の印象としては比較的効果が弱い薬を高濃度にしたもの。ALSの進行抑制を目的に、一から開発されたものではないのです。
このように「元々そのためのものではなかった薬」を別の病気に転用することを、医学用語で「リポジショニング」と呼びます。これはそこまで珍しいことではなく、例えば子ども向け解熱鎮痛薬の「小児用バファリン」は、脳梗塞の予防薬として再発売されており、成人に処方されることがありますし、EDの治療薬として著名なバイアグラも、もとは狭心症の治療を目的に開発されたものでした。
この「リポジショニング」の促進につながると期待されているのが、昨今注目されているAIの導入です。リポジショニングされた薬というのは、その薬が効くメカニズムを知っていれば「なるほど、確かにその病気に効く可能性もなくはないね」というものばかり。しかし、それはあくまで「確かに可能性はある」という程度で、意図して発見することは困難でした。
しかしこれからは、膨大な臨床データをAIに学習させることで、「理由は不明だけど、この薬はこの病気にも効果がありそうだ」ということが、もっと容易に可視化されるはず。その中には「確かに、この薬は体内でこういうことを起こすから、この病気にも効くのかも」と、後から根拠を見つけられるものがいくつもあることと思います。
この、言わば「効く理由は後で探す作戦」でのAI創薬がうまく発展すれば、これまで以上のペースで「治る病気」が増えていくことも十分考えられることでしょう。
急速に進歩するAIは、診断や診察の分野にも、今後確実に進出してきます。
さすがに2035年にはまだ「AIが診断を確定し、処方箋を出す」までにはなっていないと思いますが、症状の聞き取りや問診といった診察の基本は、患者とAIとのやりとりになるはずです。医師は、その情報をもとに診断を下したり、疑われる病気の検査をしたりする役に回ることと思います。
先行している「AIによる自動運転」がうまく軌道に乗ってくれれば、医療分野での人→AIへの転換も、ある程度促進されることでしょう。
同時に、ウェアラブルデバイスの進歩にも注目です。体温や睡眠時間、血圧といった基本的なバイタルデータを収集できる時計や指輪型のデバイスを誰もが身につけるようになれば、診察の手間はさらに減ります。その中には「腕に貼る/印刷するだけで、血糖値を常時モニタリングしてくれる」という驚きのデバイスもあり、すでに実用化のめどが立っているのです。
考えてみれば、風邪や感染症の疑いがある患者を1カ所に集める従来の「医療」システムこそ不合理です。技術的に可能なら、医者と患者の接触も、患者同士の接触も、極力少ないほうがいいに決まっています。これらの技術の進歩は、これまで当たり前とされてきた「病院の在り方」をも変える可能性があるのです。

やや違う話になりますが、私は今後「介護テック」が大きく伸びてくると考えています。
これまで介護業界で医学界ほどの技術的進展が少なかったのは、医学領域のように「儲けのシナリオ」を見出しにくい状況だったことが原因でしょう。介護保険制度の適用基準は年々厳しくなり、従事する従業員の報酬も高いとは言えません。他業界と比べても高齢化が進み、中には実質「老老介護」の事業所も少なくない──これでは企業が参入しにくいのも納得です。
しかし今、この介護業界の高齢化や現役世代の介護離職の増加は緊急の課題となっています。厚生労働省にも「ヘルスケアスタートアップ等の振興・支援」を検討するプロジェクトが立ち上がるなど、テコ入れの動きがようやく出てきました。
なお、ここで言う「介護テック」とは、一般に想起されるような「要介護者を簡単に持ち上げられる、介護用アシストスーツ」といったものだけではありません。介護現場の高齢化や人手不足の状況に照らせば、アシストではなく、介護業務を自動で遂行してくれるようなマシンを生み出すことが急務です。
読者の方々が介護を受けるような歳になる頃には、介護サービスの在り方は大きく変わっているかもしれませんね。
【奥 真也(おく・しんや)】
医師・医療未来学者。1962年、大阪府生まれ。大阪府立北野高校を卒業後、東京大学医学部医学科を卒業。英レスター大学経営大学院修了。東京大学医学部附属病院放射線科に入局後、フランス国立保健医学研究所に留学。埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学先端情報科学研究センター教授などを歴任。その後ビジネスの世界に転じ、製薬会社や医療機器メーカーなどに勤務する。『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『人は死ねない』(晶文社)など著書多数。
更新:10月23日 00:05